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ACTIVE REPORT No_4

膜で考える
畜産の未来

Social Issue #4 膜で考える畜産の未来

Q.畜産業界をとりまく環境が
さまざまな課題を抱える今、
私たちは「膜」で未来に向かって
何ができる?

日本の畜産業界では今、生産者の方々が苦境に立たされています。特に近年ではロシアによるウクライナ侵攻や為替の影響を受け、飼料が大きく高騰。電気代やガソリン代の上昇も経営に大きな影響を与えています。肉や牛乳の生産コストは高まる中、安価な外国産品との競争にさらされているのも現状です。
日本の社会で高齢化が進む中、高齢を理由に廃業する畜産農家も多くなる一方で新規就農は増えず、後継者不足の状況は改善しないまま。若者の畜産業への関心低下の進行も課題となっています。一戸当たりの畜産動物の頭数が増えると、一人で管理すべき頭数が増える、日本の狭小土地において大規模農業をしなければならないといった問題も深刻化していきます。
そのような状況で、人の生活に必要不可欠な「食」を守るために建築の観点で何ができるのだろうか——私たちは考えてきました。
平成28年に岩手県で大規模膜構造畜舎・倉庫・堆肥舎を建築したことを皮切りに、当社は『膜構造畜舎プロジェクト』を立ち上げました。令和3年5月に「畜舎等の建築等及び利用の特例に関する法律」が農林水産省から公布されるといった背景もあり、畜産業における建築コスト削減は今大きな課題の一つとなっています。コスト面だけでなく、生産性、働き手の負担など牛畜産農家の方々の課題と向き合い、計画、設計、製作、施工まで一貫した山口産業だからこそできる畜舎について研究、開発に取り組んできました。
未来の畜産業の発展に寄与するため、私たちがもっとできることを求めて。今回は、先進的な取り組みや本質的な課題解決に取り組んでいる企業や牛畜産農家の方に話を聞き、共に考えました。

数字で見る
畜 産 業 の
現 状

さまざまなデータから畜産業の今を紐解きます。

出典:中央畜産会環境省ホームページ農林水産省ホームページ

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牛肉の国内自給率

(カロリーベース/食料自給率を反映/単位:%)

これは飼料自給率を反映した数字。国産飼料のみで生産可能な割合を厳密に示しており、日本の食糧安全保障の状況を評価している。なお、飼料自給率を反映しない場合は47%となる。

餌の自給率

(令和4年/カロリーベース/単位:%)

H24からH27にかけて26%→28%と微増したが、以降はやや減少傾向となりR4は26%。農林水産省が掲げている目標はR12時点で34%に達すること。

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酪農家1戸あたりの
牛の平均飼育頭数

5年前の56頭から上昇。ここ40年ほどは農家数が減り続けている一方、1戸あたりの牛の頭数は増え続けている。今後もこの傾向は続くと見られる。

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牛肉の年間消費量
1,259,000t

(令和4年/単位:トン)

米BSE発生により減少したが、肉ブーム等を背景にH30には回復。R2以降は新型コロナの影響で再び減少に転じた。

牛肉1tの生産に必要な資源を
バーチャルウォーターに換算した量

(単位:L)

バーチャルウォーターとは、輸入している資源を生産した場合どの程度の水が必要かを推定する概念。例えば、1kgのトウモロコシを生産するには灌漑用水として1,800Lの水が必要となる。牛は穀物を大量に消費しながら育つため、牛肉の生産には莫大な量の水を要することになる。

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畜産経営体の戸数

(令和5年/酪農・肉用牛・豚・肉用鶏・採卵鶏の合計/単位:戸)

ここ十数年減り続け、R4からR5は5%以上と大きく減少。主な原因は高齢化だが、飼料高騰などによる経営難が拍車をかけている。

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乳牛および肉用繁殖牛の
放牧割合

全国で放牧されている牛は、乳牛では総飼育頭数の1/5=約30万頭で、うち9割を北海道が占めている。肉用繁殖牛では、総飼育頭数の1/5=約11万頭で4割が北海道。日本の狭小な国土、とりわけ都府県では畜舎での飼育が主流となっている。

畜産分野の特定技能外国人

(令和5年6月/単位:人)

R4の2700人から倍近く増加している。畜産業の労働力は国内だけでは賄えておらず、外国人の力が必要とされているのが現状。

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餌の作付面積

(令和4年/単位:ヘクタール)

H17は約90万5800ha、H30は約97万haとなっており増加傾向。作付面積のみならず飼料用米の収量も大きく増やす取り組みが背景にある。

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畜産業が排出するメタンガス

(令和3年度/CO2換算/単位:トン)

メタンガスは、二酸化炭素に次いで地球温暖化に及ぼす影響が大きい温室効果ガスで、地球温暖化への影響は同じ量の二酸化炭素と比べ28倍に上る。世界全体では排出される全てのメタンガスのうち農業によるものが31%で、その8割が牛の消化管由来。対して日本は、畜産業が排出する温室効果ガスは全体の1%に留まる。

畜産が抱える課題とは

今、日本の畜産業にはどのような課題があるのでしょうか。
「テントにできること」のヒントを探ります。

畜産が抱える課題

後継者不足、働き手不足

畜産(肉用牛)における令和4年の新規就農は177人、それに対して離農者は1677人。離農の大きな理由は高齢化だが、 収入低下による廃業や他業種への転換も挙げられる。新規就農が少ないのはイニシャルコストの負担や畜産のマイナスイメージが影響。

牛の健康、ウェルネス

牧場の持続可能な経営、高品質な製品の生産のためには、牛が健康であることが不可欠。日本の狭小地でものびのび生育できる環境、夏の暑熱ストレス軽減などがポイント。大規模化が進み1人で管理する牛の頭数が増えても、発情や病気の兆候を見逃さないことも大事。

環境問題(メタン/堆肥)

日本で1年間に発生するメタンのうち、噯気(げっぷ)由来が28%、排泄物由来が9%。近年は家畜の飼養頭羽数が増加傾向にあることから、排泄物の量もわずかながら増えている。噯気や排泄物に由来する膨大なCO2発生を抑制すること、堆肥化などで活用することが必要。

エネルギーの活用、循環

畜産に限らず経済全体がリニア型となっていることは日本の課題である。畜産においては、牛の排泄物をメタン発酵させることにより発生するバイオガスを熱エネルギーに利用する。また、堆肥から牧草を生産するといった循環の実現をめざすことが今後重要となる。

狭小地の活用

農家数が減り続けている一方、1戸あたりの牛の頭数は増え続け、畜産農家の大規模化が進む。北海道のような広大な土地のない都府県でも牛への負担を最小限とすべく、広々とした環境で畜産を営むための整備や畜舎への工夫が求められている。

高付加価値化

エネルギーや飼料の高騰、外国産の安価な食材などの影響を受ける中、日本の畜産農家が収入を確保するためには、より質の高い牛乳や肉の生産、産地の特色などを生かした加工品の開発、観光牧場などの高付加価値化といった工夫が必要。

テントにできること

大型化

畜舎の屋根や壁を膜で構成すると、従来の工法と比べて極めて軽量な建築物となる。そのため建屋内の中柱が不要となり、限られた面積の土地でも広々とした畜舎が建てられる。また、大規模化による効率的な飼育も可能となる。

採光性

膜材は紫外線をカットし可視光線を透過する。牛のストレスとなる暑熱は遮りながらも、畜舎内が屋外のように明るい環境となる。牛にとって快適な環境づくり、従業員の作業の安全性と効率の向上が実現できる。牛舎が明るい印象となり畜産業のイメージアップにも。

建築・廃棄時の環境負荷低減

膜構造畜舎は従来の工法と比較して鉄骨を少量しか使わないため、製造にかかるCO2の排出量が抑えられる。また、やむなく廃業や事業転換となった際にも廃棄時のCO2発生を抑制できる。廃シートの回収徹底、端材削減および端材活用などの取り組みも実施。

低コスト

膜構造畜舎は特定畜舎基準(国土交通省告示第474号)と膜構造建築物(国土交通省告示第666号)が適用され、従来の一般建築工法の1/3〜1/2程度で建設が可能。生産性向上と電気代低減により運営上のコスト削減も実現。

短納期

膜構造畜舎は全て事前に工場で加工するプレファブ構造を採用していることに加え、合理的なつくりの軽量鉄骨造を用いていること、屋根・壁となるテントを大面積のパネル状に加工していることから、従来の構造に比べ100日の工期短縮が可能。

設計の自由度

中柱を使わず建設できるため、畜舎内の自由な設備設計が可能。建築後のレイアウト変更にも柔軟に対応し、家畜の快適さや人の作業効率を自由に追求できる。膜という柔軟な素材の特徴を生かし、変形土地を最大活用するために土地の形状に合わせた建屋を造るといったことも。

テントでできる未来の畜舎

テクノロジーが急速に発展する中、畜産はどのような形に変わっていくのか。
ハードとソフトの作り手が共に手を取り合うことで広がる畜産の可能性を考える。

1働く人の環境
ウェルネス

いかにして業務効率化、生産性向上を図るかは全ての業界において大きな課題だが、畜産も例外ではない。牧場の大規模化や人手不足といった時代の流れを背景に、スタッフ一人が管理する牛の数は増加傾向にある。IoTやロボット等の活用、デバイス化や畜舎環境のデザインが、畜産業·酪農業に携わる方々の肉体面、精神面、経営面の負担を軽減する。第一次産業を豊かにするための「牧場経営の見える可」と「未来の働き方」を畜産業界から生み出していきたい。

2牛の健康
ウェルネス

労働力不足等により、スタッフ一人が管理する牛の数が増えるほど牛の観察は難しくなる。時には一番大切な発情を見逃すこともあり、深刻な問題だ。解決策の一つとなるクラウドの活用は、牛のデータ管理を書類からスマホへ移行し、利便性を向上できる。また、搾乳ロボット等を導入することで牛のストレス軽減、働き手の負担軽減につながる。データを蓄積していけば個体ごとの健康管理や発情期、出産数まで予測まで可能になる。これからの畜産には、牛がいかに健やかで幸せであるかが大切。そのためにハードとソフトによる解決手法の提案が必要だ。

3畜舎

牛の暑熱ストレスは生育や乳量に大きく影響する。風と適度な日光を取り入れつつ遮熱できる膜構造畜舎は、牛と働く人にとって良い環境を生み出し、生産性を向上させる。さらに膜構造畜舎は、建設時のCO2 排出量が従来よりも圧倒的に少ないこと、建材をリサイクルしやすいことなど環境と共生する農業にも寄与。生き物を扱う上で重要な施工期間の短縮も実現させる。今後、牧場の大規模化や大型災害の危険性等への対応、土地柄に合わせたフレキシブルな設計により畜産業の発展に貢献できるだろう。世界中の様々な環境化における畜産の未来をハードから支えていきたい。

4堆肥舎

堆肥舎の課題として、発酵のスピード、腐食性ガスへの対応、そして臭い対策が挙げられる。膜構造は建物の内部に風と日光を適度に取り入れることができ、腐食耐性にも優れているので堆肥舎の建材に適している。また、これからは牛の排泄物を活用することも考えていかなくてはならない。糞尿をメタン発酵させ、熱や電気を生むバイオガス、液肥として利用できる消化液等を生み出して農作物に循環させる仕組みを構築することが重要だ。各方面の先端技術を有するステークホルダーと共に、堆肥舎のアップデートに取り組んでいきたい。

5エネルギー循環

畜産業を営む以上は必ず発生する糞尿、そこから出るメタンやCO2。これらを「いかに効率よく処理するか」から「いかに資源として循環活用するか」へと考え方をシフトすることが重要。例えば糞尿から発生するガスを発電に利用して自社の電気を賄う、堆肥や消化液の液肥などオーガニックな肥料として農地に活用することが可能だ。また、敷地の傾斜や畜舎の屋根を活用して太陽光発電等の自然エネルギーを生産し売電することもできる。循環を通じてエネルギーを消費する畜産から「エネルギー生み出す」畜産へ。環境を汚す畜産から「環境を改善する」畜産へ。今その一歩が踏み出されたばかりだ

6農業

日本の有機農業の取組面積は全体の1%以下。改善のためには、耕作放棄地を活用して畜産事業者が自ら飼料を生産する、農家と連携するなどして畜産飼料の自給率を上げていくことが必要だ。それにより農家の収入の安定化や耕作放棄地の削減への貢献も見込める。事業者や行政が手を取り合って資源や資金を回していけば、地域全体の発展にもつなげられるだろう。また、別の観点では、化学肥料や農薬を一切使わずに堆肥と消化液肥のみで作物を育てることで土の中の微生物が増えて土壌が改善されることにも着目したい。健全な土から生まれる野菜を食べることで、人の健やかな暮らしがつくられていく。畜産からオーガニックで健康的な食卓への貢献を目指す。

未来、これからの畜産の可能性

畜産·酪農の未来を見据えてさまざまな取り組みを行う3社にお話を伺いました。

Case1 ヒト、牛 にもっと

「未来に残したくない課題」を
解決するための
loTソリューションを考える

ファームノート

株式会社ファームノート

2013年11月設立。北海道帯広市に本社を置き、札幌·東京·鹿児島·仙台に拠点を持つ。先端技術で酪農·畜産の生産性向上と効率化を推進し、日本の強い農業に貢献することをめざし、農業IoTソリューションの開発·提供を行う。センシング技術の開発や人工知能の活用にも取り組む。

私たちはIoTの技術を活用し、畜産や酪農の業務効率化、生産性の向上に取り組んでいます。酪農·畜産に携わる方々は牧草や飼料も生産していることが多く、畑を見に行ったり収穫作業に追われ、どうしても牧場にいる時間が限られます。さらに現在は牧場の大規模化が進む一方で人手不足が加速し、スタッフ1人が管理しなければならない牛の数も増加傾向に。1人で見る牛の数が増えるほど牛の観察は難しくなり、本来は一番大事にすべき発情を見逃してしまうことが多くなります。

畜産·酪農家さんは非常に忙しく、畜舎で牛を見ていて「この牛の個体情報はどうだったっけ?」という時には、数m〜数十mも走るなどして事務所に書類を確認しに行きます。その状況で、1人で管理する牛が50頭から100頭に増えようものならすぐにキャパオーバーになりますよね。積極的にDXを推進しようという農家さんも一部いらっしゃいますが、多くの農家さんは牛の状況を事務所のホワイトボードに書いていたり、人工授精の履歴をノートにつけるなど、アナログ管理を長年続けているのです。

また、肉の品質向上を求めて改良が重ねられていることも牛の身体や牧場の経営に影響をもたらしています。産肉成績を求めた結果、発情行動のわかりにくい牛が増え、繁殖の回転率は落ち、ひいては経営にも悪影響を及ぼしています。

これらの課題を解決していくために、当社ではIoTソリューションという切り口で取り組みを続けています。酪農·畜産生産者向けクラウド牛群管理システムは、これまで紙やホワイトボードで管理していた牛のデータをすべてクラウド上に保存してスマホで確認できるものです。前回の発情や種付けの時期などの情報を牛舎にいながら確認できるほか、いつどの牛にどの種を人工授精したのかという記録についてもスマホから入力できます。これにより、従来の牛舎と事務所の往復が不要になります。入力したデータはリアルタイムで反映されるため、スタッフとの共有も容易になり、スタッフの多い大規模農家さんの運営に寄与します。種付け日を基準とした妊娠鑑定のタイミングや分娩予定日などが自動で通知される機能、夜中の発情を感知する機能も有し、一人で多くのタスクを抱える小規模農家さん、家族経営の農家さんも負担が軽減されるかと思います。反芻が落ちているといった牛の身体の変化を通知する機能もあり、病気の早期発見につながります。

こうしたクラウドの機能を、目の前の課題解決に留まらず売り上げづくりや経営にも役立てていただきたいと私どもは考えており、今後に向けて重要視するのが「牧場経営の見える可」です。たとえば一般企業であれば、まず年間目標を決め、それに基づいたKPIを設定して達成に向けて戦略を立てるといったことを当たり前にやると思うんですが、1次産業ではそれができていないところが多い。つまり、「農家」は多いのですが「農業経営者」と言える方はまだまだ少ないのが実情です。そこにクラウドを投入することで、例えば現在の分娩間隔の状況や牧場全体の発情発見率といった牧場運営に関わる数字が可視化され、全体像や目指すべきことが把握しやすくなります。その結果から「発情発見率が落ちているからセンサーを増設しよう」といった改善策を講じることができます。畜産業をとりまく環境がますます厳しくなる中、何を頑張ればいいのか、どこを改善すればどれくらい良くなるのかという打ち手がわかるのは重要なことです。

IoTの活用は、畜産業·酪農業に携わる方々の肉体面、経営面、精神面の負担を軽減します。将来的には、データを蓄積していくことで、個体ごとに「何頭生んで何頭出荷できたのか」といった長期的な成績までわかるようになります。プレイヤーとして収益力の高い牛をつくることができれば、それを元に他の生産者に販売するといった新たなビジネスも展開できます。マイナスをゼロにすることではなくプラスをつくっていくことが、この先業界を維持していくには非常に重要です。

そういった取り組みを、山口産業さんのようなハードの作り手と共に行うことで広がりが生まれると感じます。膜構造畜舎は、建設時のCO2排出が従来の工法よりも圧倒的に少なく、リサイクルできる建材が使われているなど、未来へ向けて牛と人の良い環境をつくる可能性を感じます。単に2社の製品を組み合わせるだけでなく、新たな物を生み出す、他の企業も巻き込むといったことも積極的に考えても良いのではないでしょうか。

Case2 堆肥舎 にもっと

「発生してしまう」糞尿を、
いかに効率よく、大きな輪で
循環させてゆくことができるか

さいと牧場

さいと高原牧場株式会社

ファーマーズホールディングス株式会社の100%出資子会社として2020年9月に設立。宮崎県の県央地域、西都市の古墳群で有名なエリアに位置し、牧場内にも古墳が存在する。最先端のIOTを駆使した「スマート酪農」を通じて地域活性への貢献をめざす。スタッフのスキルアップ支援、女性が活躍できる環境、働き方の見直し、福利厚生の充実など、エンゲージメント向上のための仕組みづくりにも注力。

ここ宮崎県で畜産業、特に酪農を行うにあたって大きな課題となるのは、牛の暑熱ストレスです。牛の暮らす環境の良し悪しは驚くほどダイレクトに乳量に影響するため、日頃から換気扇や遮熱塗料といったできる限りの対策をしています。私どもは大規模経営をしており、グループ全体が有する搾乳牛は約3000頭、さいと高原牧場だけでも搾乳牛約400頭、子牛約150頭を育成していますから、牛1頭ごとの搾乳量の増減は全体に与えるインパクトが大きいのです。ただ、堆肥という切り口で見たときには、この暑さは発酵を促進するためむしろ良い条件だと言えます。

さいと高原牧場から出る糞尿は、1日牛1頭当たり71kg×約450頭分。それを毎日バキュームカーで吸って堆肥舎へ送り込み、30〜40日かけて堆肥化しています。糞尿の処理は酪農業にとって非常に重要です。肉牛と異なり乳牛は水分を多量に摂取するため、糞の95%が水分。その処理は難易度が高く、高い技術を要します。完成した牛糞堆肥は、自社で利用するものと他の農家さんに販売するものに分かれます。当社のグループには自給飼料を生産するための会社があり、一部の堆肥はその畑で活用します。そこで収穫されたコーンを牧場の牛が食べるというふうに循環しているのです。畜舎の牛床にも堆肥を使っています。化学肥料などが高騰している現在、当社が提供する堆肥は他の農家さんたちにとって大きな需要があるんです。化学肥料ではなく堆肥を用いることで、畑の土づくりにも貢献できているのではないかと思います。

今回さいと高原牧場では、もともとあった堆肥舎が台風で倒壊したことをきっかけに膜構造へとリニューアルしました。以前の堆肥舎はパイプハウス。建設時にコストを意識しすぎてしまい、台風に堪えられるほどの強度を備えることができていませんでした。高さも最大7〜8mありましたから、それも倒れやすさに拍車をかけていたのでしょう。堆肥化には、水分を調整して仕込みをする、通気性を良くしておく、籾殻などの副資材を投入する、好気性発酵しながら生物処理していくといったプロセスがあり、各フェーズで理想とされる堆肥舎のつくりは異なります。このたび山口産業さんに手がけていただいたのは、加工を行う堆肥舎。機械を常に稼働させ、糞を撹拌して定期的に空気に触れさせることで発酵を促進させることが重要となります。発酵は堆肥の品質を決める重要な工程ですから、万全の体制にしておきたい。この堆肥舎を膜構造にして良かった点は、通気性に優れていることです。壁がほとんどなく「ほぼ屋根だけ」と言っていい構造。空気が非常に良く通るので発酵の効率が向上します。

堆肥が発酵しているときはどうしても腐食性のガスが発生しますが、膜は腐食耐性にも優れているので堆肥舎の屋根材には非常に適しています。また、透光率が高いことも堆肥づくりの効率化につながっています。もし日光を通さない屋根の堆肥舎であれば、晴れの日が多いと言われる宮崎県でも、特に冬は発酵のスピードが大きく落ちてしまうでしょう。膜構造堆肥舎の腐食性ガスへの対応力には可能性を感じています。今後ますます堆肥舎の材料として注目されていく素材となりそうですね。

堆肥舎だけでなく畜舎もそうだと思いますが、土地柄に合ったものをフレキシブルに設計できる点も重要です。例えば豪雪地帯であれば雪の重量に耐えられる屋根であったり、台風の多い地域では風に強く煽られても倒れない構造であったり。今回新たに建設した堆肥舎に「壁がない」ことは、前述した通気性だけでなく倒壊するリスクの軽減にもつながりました。次の台風も難なく乗り越えられるでしょう。また、施工が短期間で済むことも大事。今回のような急な建て替えにも対応できますし、堆肥づくりの作業への影響を最小限にできます。

そもそも糞尿というのは「発生してしまうもの」ですから、いかに効率よく処理するか、そして少しでも活用できるかがポイントになります。例えば糞尿から発生するガスを発電に利用して自社で使う電気を賄うといった循環を実現できれば良いことです。さらに売電までできると理想的ですね。飼料や牧草も自社で生産できると良いでしょう。私どもでは現在、飼料としてコーンを生産していますが、コーンはタンパク質が豊富で牛の健康に良いだけでなく、生産の際に多量の堆肥を必要とします。ですから結果的に堆肥の処理に貢献してくれてもいるのです。

今、耕作放棄地で飼料を生産すると市町村から補助金が支給されますが、WCSよりもコーンのほうが支給額が大きいんですね。ですから農家さんにコーンを作ってもらい私ども畜産業者が飼料として使えればありがたいし、農家さんにも補助金が入る。市町村も耕作放棄地の削減が実現できて嬉しい。このように、自社内で循環させるだけでなく、事業者間や行政と手を取り合って資源やお金を回していけば、地域全体がさらに良くなるのではないでしょうか。特に中山間地域の未来に向けて大切なことだと思います。

Case3 エネルギー にもっと

循環型農業を実践し、
地域の農業を支える。
癒やしや楽しみの場としても
価値ある存在でありたい

弓削牧場

弓削牧場

1943年、初代·弓削吉道が箕谷酪農場を設立したことに端を発する。現在は二代目の弓削忠生夫妻と3人の子が運営。標高400mの裏六甲の豊かな自然に囲まれながらも住宅地に近い都市型酪農家。牛の生態に合わせた健康的な飼い方を大切にしながら牛乳をしぼり、チーズ・料理・菓子づくり、野菜やハーブの栽培、牛糞堆肥の製造、ホエーの利用、養蜂、バイオガスなどの取り組みを行う。

神戸市北区、六甲山北側の標高400mの山上にて、弓削牧場を夫婦と子ども3人で営んでいます。近隣に住宅地のある、いわゆる都市型酪農家です。9haの土地に搾乳ロボットを備えた牛舎、チーズ工房、レストラン、バイオガス施設、畑などが揃い、牛たちが山に放牧されてのびのびと暮らしています。

今から40年程前のことです。牧場の創設者である父が亡くなった頃、国の政策により牛乳の生産調整が行われ、乳価が低迷。牛乳で生計を立てていた弓削牧場は、経営の窮地に立たされました。そこで生き残る道としてスタートしたのがチーズづくり。乳価が低迷する中でも、自分たちで価値をつけて提供していける商品になると考えたんです。当時は日本語の文献はほとんどなく、英語で書かれた『The Book of Cheese』という本を夫婦で辞書片手に訳しながら研究を重ねました。そうして生まれたのが、原乳を絞ってから2日で完成する熟成前のフレッシュチーズ『フロマージュ·フレ』。生チーズなので賞味期限が短いのですが、近隣に住宅地があり消費者と近い立地ではそれがむしろ付加価値となり、今では弓削牧場の看板商品です。1993年には『チーズ図鑑』(文藝春秋)に弓削牧場のフロマージュ·フレとカマンベールチーズが掲載。世界の名高いチーズ900点近くが並ぶ中、日本は12点、それもほとんどが大手メーカーですから小規模酪農家としては大変珍しいことで、ありがたかったです。こうして弓削牧場の商品は付加価値を増していきました。1987年にはチーズのもっと美味しい食べ方を知っていただきたくレストランをオープン、1994年には牧場ウェディングを始めるなど、空間としての価値向上にも注力してきました。

弓削牧場では牛がストレスなく過ごせる飼育方法を重要視しています。すべての製品の基本は「牛乳が美味しいこと」。美味しい牛乳なくして美味しいチーズはできません。そのために牛がいかに健やかで幸せであるかが大切だと考えています。2000年頃には搾乳ロボットを導入しました。牛は乳房が張ったら自分で機械に入り、搾乳を始めます。人の手を使わず24時間搾乳できることから、牛のストレス軽減、働き手の負担軽減、商品の安定供給、さまざまな面で弓削牧場の運営を支えてくれている機械です。私たちは昔から搾りたての牛乳を毎日飲んできました。そんな私たち自身が本当に美味しいと思える牛乳を提供するため、63〜65℃での30分殺菌、ノンホモゲナイズ、容器のにおいが残らない瓶詰めにこだわっています。

今、弓削牧場が最も注力しているのがバイオマスに関する取り組みです。弓削牧場は住宅地に近い場所にあるため、糞尿の臭いの問題にはずっと頭を悩ませてきました。その解決法について研究を重ねる中、タイで普及している小型のバイオガス装置の存在を知ったのです。北海道の畜産農家では大型のバイオガスプラントを導入している例があるそうですが、莫大な費用がかかりますし、そもそもそこまでの規模のものは私たちには必要ありません。弓削牧場の規模に合った、自分たちで管理が行き届くものとして、小型バイオガスユニットを導入しました。これは、密閉した発酵槽で牛の糞尿をメタン発酵させ、熱や電気を生むバイオガスや作物の肥料になる消化液を作り出す仕組みです。ガスは牧場のエネルギーとして稼働させ、チーズや菓子作り、搾乳ロボットにも使っています。畑では堆肥と消化液肥だけで作物を育てており、収穫物はレストランの食材としても活用。消化液は、私どもの取り組みに共感してくれる近隣の農家さんへの販売も行っています。2018年には、弓削牧場のバイオガスユニットから生み出された消化液が有機JAS資材リストに登録されました。私どものような都市型酪農家は、地域の方々とメリットを共有できなければ共生も難しいでしょう。循環型農業を実践し、地域の農業を支え、皆さんの癒やしや楽しみの場としても価値ある存在でありたい。そして少しでも都市型酪農の減少を食い止める一助になればと思います。

弓削牧場では化学肥料や農薬を一切使わず、堆肥と消化液肥のみを用いているため、土の中の微生物が増え、どんどん土壌が変わっていきます。そうした健全な土から生まれる野菜を食べると腸内フローラが活性化し、免疫力がつく。こういうこともひとつの「循環」だと思いますし、ここはそのための施設でもあります。これから循環型の酪農を始めたい人も、最初から大きなものをつくる必要はありません。小さく始めて、ひとつずつ増やしていけば良いと思います。

実際に建てた人の声

山口産業『膜構造畜舎プロジェクト』で畜舎を建てた牧場の方にお話を聞きました。
大規模・小規模、それぞれの畜産業現場で感じられた膜の可能性とは。

大規模畜産業の生産性や
収益性向上への可能性に期待しています

広島県 
じんせき牧場

じんせき牧場

西坂 務Tsutomu Nisizaka

ファーマーズホールディングス株式会社 取締役。同社はじんせき高原牧場株式会社を含めた1次産業グループ会社7社、2・3次産業グループ会社4社で組織されており、直営農場も有する。

山口産業

川本実音Mio Kawamoto

山口産業株式会社 設計部所属。じんせき高原牧場をはじめ多数の膜構造畜舎の設計業務を担当。「膜構造畜舎プロジェクト」に参画し、設計の目線から膜構造での畜産課題の解決を目指した。

川本じんせき高原牧場さんの敷地は非常に広大ですが、規模について改めて教えてください。

西坂広島県神石郡神石高原町にある4000平方メートルほどの敷地で、分娩牛舎に100頭、哺乳ハッチに128頭、子牛パドックに200頭を有しています。

川本その牛たちが暮らす畜舎を、膜構造のものに刷新されました。

西坂令和4年4月に施行された畜舎特例法により、建築条件が緩和され畜舎を建設しやすくなった。それから膜構造畜舎の存在を知り、導入を決めました。理由は複数ありますが、一つはコスト。構造の合理化と省力化といった膜構造の特性により、当社の希望に合う安価での設置が実現できたことです。また、牛舎の建て替えには施工の早さも大変重要です。従来の工法だと、これだけ大規模な牛舎を建てるには相当長い工期を要します。そうすると牛に大きなストレスがかかりますから。

川本じんせき高原牧場さんほどの規模でも、膜構造であれば2週間程で施工を完了させることができます。

西坂他社も検討してみたのですが、規格値でしか作れないと言われてしまいまして。私どもが希望する牛舎を建てるためには、各所の寸法をミリ単位で調整し、オリジナルのレイアウトを実現することが必要不可欠でした。それができたのも膜構造ならではですね。屋根や壁がテントで構成されているので畜舎自体が非常に軽く、中柱を立てる必要がなくなります。そのため、内部のレイアウトが自由にできました。

川本膜構造建築の特性を最大限に活用しつつ、牛の導線や機械設備の配置などについては畜産のプロフェッショナルであるじんせき高原牧場さんにご教示いただきながら、かたちにしていきました。設計の面では、人だけでなく牛の目線になってベストな畜舎の形状や導線を考えることに注力しました。農家さんによって使用している機材や望む導線が異なるので、それをしっかり把握してベストなご提案をすることを大事にしています。

西坂私どもでは牛が暮らす場所はできるだけ自然に近いことが望ましいと考えておりますが、膜構造畜舎は太陽の光が入って明るく、それでいて暑くはならないので非常に良い環境と言えます。

川本屋根に透光率の高い白色の膜を採用することで、明るさと遮熱の両立を実現できます。

西坂夏でも換気扇などの稼働を抑えられますから、電気代の節減にもなると思います。膜構造畜舎は、牛舎だけでなく堆肥舎などあらゆるものに幅広く使える汎用性の高さも魅力です。畜産業の生産性や収益性向上に大きく貢献してくれるでしょう。今後もその可能性に期待しています。

小さな畜舎でも中をゆったりと使えるから、
作業しやすい導線を作れます

島根県 
松本牧場

松本牧場

松本陽一Youichi Matsumoto

沖縄県久米島で牛の飼育を経験した後、研修を経て令和2年に島根県大田市にて松本牧場を設立。パートナーとの2名体制で運営を続けている。

山口産業

富永健二Kenji Tominaga

山口産業株式会社 西日本営業部長。「膜構造畜舎プロジェクト」のプロジェクトリーダー。営業としても最も多くの膜構造畜舎建築を経験し、ユーザーの声を更なる製品改良に繋げている。

冨永まずは松本牧場さんのことを改めて教えてください。

松本島根県大田市で、放牧地を含めて17haの土地で母牛32頭、子牛20頭程を飼育しています。以前は沖縄の離島にある牧場で働いていたのですが、どうしても自分で放牧を始めたくて独立しました。ただ、新規就農の条件として20頭以上を有する場合は牛舎を必ず建てなければならないことがわかったのです。

冨永もともと放牧を希望されていたことと、膜構造畜舎を選んだことは関係があったのでしょうか。

松本放牧がしたかった一番の理由は、牛のストレスをなくしたかったからです。ストレスの大きな原因の一つが牛舎内の暑さですが、膜でできた畜舎は築波トタンに比べて圧倒的に光を跳ね返すと知り、これなら牛舎を使っても理想の畜産ができそうだと導入に至りました。それと、50代から牧場を始めた私にとって「後仕舞いがしやすいこと」も大事でした。畜産業を辞めることになったときも解体しやすいですし、そのまま倉庫など別の目的に転用することもできますから。

冨永膜構造畜舎になって、牛の様子はいかがですか。

松本子牛の生育状況が非常に良いです。今のところ繁殖障害はゼロ。一昨日生まれた牛もすごく大きかったです。また、膜構造畜舎は釘を使わず建てられるのも強みですね。筑波トタンの牛舎には釘をたくさん使いますが、年数が経つといつの間にか外れて地面に落ちます。それを牛が踏むと蹄病を引き起こしますから。

富永それは他の農家さんも仰っていました。人が働く環境としてはどうですか?

松本牛舎内が快適ですし、色もカラフルでいいですよね。明るい気持ちで仕事ができると、一緒に仕事をしているパートナーも喜んでいます。あとはとにかく仕事がしやすいです。シンプルな造りなので、畜舎自体をそこまで大きくしなくても中をゆったりと使えます。柱がないので作業効率の良い導線が作りやすいですし、むやみに広すぎないので小さな動作で量をこなせるから負担が少ないです。

富永膜構造畜舎はフレキシブルで、部屋割りや通路の幅など、農家さんが「どう作業するか」から逆算してベストな設計ができます。そして松本さんは、環境にも気を配られていますが、そのあたりはいかがですか?

松本離島では深刻なゴミ問題に直面していました。処理する場所がないので運搬に莫大な費用や燃料を要するのです。ですから、なるべくゴミを出さないようにという意識は今も持ち続けています。例えば藁や牧草には通常はラップを巻きますが、膜構造畜舎の半分を倉庫にして保管するようにしたので、膜がラップの役割をしてくれるためラップがいらないんです。

富永今後の展開はどのように考えていますか。

松本次は肥育舎を建てたいですね。今ある牛舎よりも大きいものが必要になると思いますが、膜構造のポテンシャルを最大限に活用して効率良く運営できるものを作ります。