ACTIVE REPORT No_2

都市を、膜が
どう変えられるか?

私たち山口産業は、メンブレン(膜)を使って、
大型倉庫やスポーツ施設、遊具などを作る企業です。
このメンブレンを、ほかの領域に応用できないか。
そう考えて、2019年に、膜の新しい可能性を模索する、
「MEMBRANE LAB.(メンブレンラボ)」を発足しました。
今回のテーマは「都市」。
変わりゆく都市に対して今、
膜はどんな課題を解決し、どんな未来を描けるか。
未来に向けて、膜ができることって?

INDEX
ACTIVE REPORT No_2

都市を、膜が
どう変えられるか?

MEMBRANE CHARACTERISTIC & IDEA

膜の6つの特性と都市の課題を解決するアイデア

大空間をつくれたり

1

軽い

1mm厚のメンブレンは1平米あたり600g~1kgほど。鉄の7.8kg、ガラスやコンクリートの2.5kgと比較して軽量。1平米あたり約5トンの荷重に耐えられ、1mm厚の薄さで施工できるのも特徴。

スピーディーに建てたり、移動したり

2

短納期

メンブレンを使った膜構造建築の工期は、一般的な工法と比較して、半分〜3分の1が目安。工場で1枚の大きなパネルに加工し、現場では屋根や壁を一気に覆う。下地材も少なく、施工期間を短縮できる。

空間や建物をつないだり

3

エネルギー効率向上

メンブレンをファサードに設置すると、日射を遮蔽できるためエネルギー効率が大幅に向上。メンブレンと外壁の間に生まれる自然な空気の流れと合わせると、50~80%ほどの日射熱をカットできる。

建物を彩ったり

4

意匠性

メンブレンは、インクジェット出力によって大きな面積にプリントすることが可能。建材でありながら柔らかいのもメンブレンの特徴で、さまざまな形状と組み合わせることで、多様な意匠性をもたらす。

空間を包んだり

5

光や紫外線のコントロール

メッシュ膜材の特性を活かすことで、外部からの光や紫外線をコントロール。日光などを遮り、空間を快適に保つことができる。夜間は、内側から透過する光によって建物を演出することも可能。

空間を仕切ったり

6

プライバシー保護

膜材を使えば緩やかに空間を分けられる。屋外が明るい日中は、外部からの視線を遮ることで内部空間のプライバシーを保護。それでいて、内部からの視認性は損なわないという使い方もできる。

グッドマンビジネスパーク イーストゲート

世界各地でロジスティクス&ビジネススペースの所有や開発、管理を行う不動産スペシャリストであるグッドマングループが2020年12月に千葉県内に建設した物流施設の壁面に、山口産業が膜のファサードを設置しました。施工面積は1400㎡。409枚のパネルをランダムに配置し、ファサードを構成。視界を遮るプライバシー性があり、外部遮熱により空調エネルギーを約50%削減する、国内で他に例を見ないデザインのファサードが誕生しました。

設計・監理:株式会社山下設計 施工:株式会社錢高組

エネルギー効率向上

光や紫外線のコントロール

意匠性

Research
建築家 塩浦 政也さんに聞いた

三大建材の先に広がる
膜構造建築の可能性

都市を構成する建材としての、膜建築の可能性はどのように広がっているか。建築家で、SCAPE代表取締役社長の塩浦政也さんに聞いてみました。

鉄筋コンクリートの歴史や課題は?

塩浦:19世紀に鉄筋コンクリートが発明され、フレームによるラーメン(骨組み)構造が生まれました。日本人からすると、柱と梁でできた空間は当たり前でしたが、西洋人からするとこれは革命です。それ以前は、壁構造が主でしたが、壁構造には2つの大きな問題がありました。ひとつが、スペイン風邪などの疫病です。壁構造は、光を入れようと窓を作ると強度が担保できなくなる。窓がないので換気ができず、空気が淀んで不衛生でした。もうひとつの問題が、作るのに権力が必要で格差が広がった。お金がなければ、スラムみたいな場所に住むしかなかったのです。

塩浦:そこに、鉄筋コンクリート造が登場し、広く市民にも光り輝く空間を提供できるようになりました。安全を確保できて、窓は採光できるだけではなく、ル・コルビュジエのサヴォア邸のように重力にあらがった水平連続窓も生まれました。それまで、一部の特権階級にしか与えられなかった空間を作れるようになったのが、20世紀のモダニズム建築の始まりです。以降、100年以上もモダニズムは続いてきましたが、100年前の人々が想像していたよりも、人々の生活様式は猛スピードで変わってきた。そのため、20世紀中盤から後半にかけて、人々のライフスタイルに空間が追いつかなくなってしまった。そこで、ポストモダニズムとして誕生したのが、日本だと黒川紀章や丹下健三、磯先新といったポストモダン建築でした。ここまでは、建築の教科書みたいな堅苦しい話ですが、ポイントは、自由な空間を享受できる鉄筋コンクリート造もコストがかかる。コンピューターや移動手段といった技術の急激な進歩によって、100年前に誕生した鉄筋コンクリートの街の賞味期限が切れつつあるということです。

SCAPE 代表
塩浦 政也

早稲田大学理工学部建築学科大学院修了後、株式会社日建設計に入社。東京スカイツリータウン「ソラマチ」などに携わった後、2013年に「アクティビティ(=空間における人々の活動)が社会を切り拓く」をコンセプトに「NAD」を立ち上げる。2018年に独立し、「株式会社SCAPE」設立。

6面がパッキングされる必要はない

膜建築の歴史は?

塩浦:膜構造の歴史は、植物園やスタジアムといった、特殊なテント小屋からスタートしました。鉄筋コンクリートを長男とすると、三男坊、四男坊みたいなポジションですが、膜構造が主流になっていない理由は、床をスタックすることができないから。それでも、今日のようにどこでも働くことができる、どこでも遊ぶことができるウエアラブルコンピュータの時代には、天井、壁、床の6面がパッキングされる必要はありません。そういった時代においては、四男坊の膜構造が、これからの街づくりの主流になっていく可能性があります。

塩浦:耐久性という面では、鉄筋コンクリートには、30年ごとに更新していくという考え方もありますが、本来は、100年、200年持つ素材です。東京スカイツリーは、300年持つことを前提に作られています。しかし、オフィスで言えば、100年、200年持たせる意味はありません。30年使ってサーキュレーションさせると考えると、質量や環境負荷が低い膜に可能性があります。膜の表面のフッ素塗料やテフロンは劣化しますが、ガラス繊維自体は劣化しない優れた素材です。

建築物における膜の使い道は?

塩浦:建築物とは、建築基準法によれば、「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの」。つまり、基礎を持った構造体となっています。しかし、基礎が必要ないとしたら、それは建築物と呼べるのだろうか。膜で覆っただけの建築物を、仮設構造物と呼ぶ人もいるでしょう。

塩浦:建築物とは、建築基準法によれば、「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの」。つまり、基礎を持った構造体となっています。しかし、基礎が必要ないとしたら、それは建築物と呼べるのだろうか。膜で覆っただけの建築物を、仮設構造物と呼ぶ人もいるでしょう。

膜で日光を遮るという用途はどうですか?

塩浦:日光を遮るために、古くなった建物を覆うことができるのは膜が軽いからこそ。そういう意味での膜のコンペティターは塗料ですね。ヨーロッパだと、外ブラインドというのもありますが、台風が多い日本では現実的ではありません。日本には「すだれ」がありますが、劣化するのと風で飛んでいくのがデメリット。コストやメンテナンスの視点から考えると、膜のように質量が少ないものでふわっと覆うことで、構造に手を加えることなく、空間の温度上昇を抑えることができる。その副産物として、ファサードの意匠を整えるといった使い方もあると思います。

ミクストユースの視点で膜を活用する

これからの都市開発に求められる視点は?

塩浦:ひとつの空間をいろんな用途に使い分ける「ミクストユース」です。三井不動産さんが世界の事例を研究していますが、エースホテルなら昼間はロビーがコワーキングスペースで夜はクラブ。小学校だった建築物をリノベーションしたオランダのデスクールというコワーキングスペースは、夜になるとクラブのホワイエになる。イスラエルのテキスタイル工場の中庭には、夜になると飲食店が出てきてDJブースが現れます。昼と夜で人口が違うような場所に、ミクストユースの視点で膜を絡めていくことで、可変的な空間作りが可能になります。オランダ、ロッテルダムにあるMVRDVが設計したマルクトハルは、巨大なトンネルみたいな空間に、集合住宅とフードマーケットが入っている。天井高は30、40メートル。大空間でエアボリュームが多く、エアコンディショニングをキープできる。こういう場所に、膜を使ってプログラムごとに空間を変えられれば、膜が主役に躍り出てくる可能性が高いですね。

これからの都市に求められる機能は?

塩浦:先進国以外のアジアやアフリカといった地域では、これまでの日本やヨーロッパのように、中心に人が集まることが続いて超高層の建築物が求められます。反対に、先進国は人口が減っていくので、超高層の建築物が必要がなくなっていきます。そうなると、人を集約させるよりも顔が見えるコミュニティが必要とされていきます。コミュニティを伴う都市における新たな動きがWeWork。最初はコワーキングスペースで、WeGrow、WeLiveといった、バーチャルな場の目論見があって、21世紀の先進国に住む我々に、コミュニティをもたらすのがビジネスモデル。日本だと徳島県の神山町や、福島県の会津若松といった場所もそうですね。地方で5Gが整備されてハードもあって、ひとつ屋根の下にコミュニティを作ることが進んでいきます。

膜建築を普及させるには?

塩浦:膜を使ったら、こういう空間ができるというモデルを示すことですね。公園で雨風をしのげる膜建築とか、簡易的な宿泊施設を作るとか、ドーム型の駅前広場みたいなものでもいいと思います。ド直球なプロトタイプを作って、再開発をしたい市町村にプレゼンしていく。たくさんの地権者がいる場所はハードルが高いので、三井不動産さんやJRさんといった企業が持っている場所。膜は現状、倉庫など単一機能で、建築物と比べて安いというメリットがありますが、アクティビティとミックスしていけば可能性が大きく広がります。

MEMBRANE LAB.ワークショップ

「都市の変化に対応する
膜の可能性を考える」

社外の識者とともに、膜を活用し社会課題の解決に取り組むメンブレンラボのワークショップを開催。
2回目のテーマは、「都市の変化」です。変わりつつある都市の課題に、膜はどのような解決策を示すことができるのでしょうか。
建築家の塩浦さんによる、「都市とは何か?」の解説からスタートしました。

塩浦:今回のワークショップのテーマは、「都市の変化」です。ちょっと長くなりますが、まずは「都市ってなんだろう」を説明していきます。最初に、都市の歴史を振り返ると、神の都市に始まり、次に王様が主人公だった時代を経て、商業が主役の時代。そして、現在の、法人の都市と変遷してきたと考えています。

塩浦:神の都市は、都市の中心に神殿があったメソポタミア。その次の王様が主人公だった時代は、王政や封建主義。ピラミッド型の組織ができて、都市の原型ができてきました。ローマの面積は、東京都港区くらいのサイズです。当時のローマは人口80万人で、奴隷が70万人いた格差社会でした。都市に人が密集していました。都市の基本的な作りは、このころからあまり変わっていませんね。

塩浦:資本主義が出てくる以前、交流や貿易が盛んになると商人の都市ができて、富や情報が流通する時代が訪れました。江戸は、この時代の最も栄えた都市のひとつで、70万平米の場所に100万人が暮らしていました。当時の平均寿命は43歳です。

塩浦:その後、資本主義が生まれて産業革命が訪れ、いよいよ見慣れた都市構造が誕生します。これが法人の都市。会社やビルが都市の主要な要素で、そこで働く人々の住宅や工場、超高層ビル、駐車場が都市のメインになってきました。今、この法人の都市、20世紀型の都市が、老朽化を迎えているという話があります。

塩浦:現在の都市のトップランナーは、スーパーシティ。物理的な空間に、IoTや5GといったIT技術を導入して、都市のバイタルデータを管理します。それによって、管理社会が生まれるという人もいれば、究極の利便性やセレンディピティ、完全な衛生管理がもたらされるという人もいます。スーパーシティに関しては、2019年に国家戦略特区でスーパーシティ構想の予算が出て、さまざまな市町村が名乗りを上げています。

塩浦:ここまでの話をまとめると、都市の定義は、暮らしや仕事を成立させるための手段の集合体。それを調達するための空間です。都市をデザインすることは、そういった調達効率を高めること。しかし、この集合体に老朽化が起きています。

田崎:塩浦さんに伺った話〈リサーチ〉(ページ04)だと、公共建築を中心に都市の老朽化が進み、新しい試みが問われている。そこで、新しい建築物を建てますではなく、ソフトウェアというかコンテンツ、人間のアクティビティが求められるという話でした。箱物は時代遅れで、異業種の企業が都市のプログラム開発に参入するのもウェルカム。老朽化した都市に可変性が必要とされるし、膜建築、膜機能の重要性は高いという話もありました。

永田:一方で、膜建築が抱える課題としては、公共建築のように安全を優先したい時に膜は不安定な素材と思われていて、やはり、コンクリートを使ったほうが安全というイメージが強かったです。膜建築には、コンクリートでは起きない問題が起きてしまいそうなので、公共建築などにはなかなか使えないということでした。

ハードとソフト、2つの意味の老朽化

塩浦:今回の主題に戻ると、都市の老朽化には、橋にクラックがあるとか、築年数とかフィジカルな老朽化。価値観やライフスタイルが変わったことで、空間というものが、価値観やライフスタイルに合わなくなってきた老朽化という、2つの意味の老朽化があります。前半のフィジカルな老朽化はハードの話で、業界の中で多くの人が挑んでいる。首都高速の老朽化をどうやって防ぐかなど、さまざまな議論や施策があります。しかし、後者のソフトの老朽化をコントロールする人があまりいなくて、ベンチャーや異業種の新しいプレイヤーを交えて、玉石混交な状態です。

塩浦:20世紀型の都市を作ってきた3大マテリアルは、ガラスとスチールとコンクリート。フィジカルな都市の老朽化では、山口産業のメンブレンをどう使うかが課題解決につながると考えます。どんなマテリアルも、内側から冷やすより外側の熱をプロテクトしたほうが効率がいいので、古い建物の外壁をラップするという膜の使い方が考えられます。

塩浦:ソフトウェア寄りの話だと、都市で特に老朽化しているのがモノの動き方です。都市に人が増え、ビルができて高密化してくると、成功した人は都市の中心に暮らし、そうではない人は都市の外側に暮らす。ここで見落としがちなのが、都市から出る排泄物やゴミの問題です。こういった、当たり前だけど目をつむりたい現実を解消していたのが、郊外に山を切り開いて埋立地を作ることでした。しかし、21世紀になると、価値観が変わって、そういうわけにもいかなくなってきます。そもそも、そんなに人が都市に集中する必要があるかという話にもなってきます。従来のように、人やモノが動くことはいいことだ、エネルギーは最高だではなく、動かす価値があるモノを動かすという考え方にシフトする必要があります。それを戦略的にやっているのがAirbnbやUBERといったサービスですね。しかし、既存の都市モデルも道交法も、こうしたサービスに対応していません。これも一つの老朽化と言えます。

塩浦:働き方も暮らし方もそうですね。働き方で言えば、相変わらずオフィスがあって、平均世帯人数が1.4とか1.5人なのに4人家族向けの住宅が作られている。老朽化というか賞味期限切れですね。

塩浦:個人的に気になっているのは、移動の先にある散歩みたいなものの価値。これは、建築家の黒川紀章の言葉ですが、人には短時間で効率よく移動する欲望もあるし、人に会うためにふらふらしたい。さらに、意味なく街をさまよう欲望もある。

塩浦:20世紀の都市が効率を求めたあまり、ただ出歩くことは厳しくなったように思います。それによって、多くの人の人間性や野性的なものを失って、意味に埋没した。散歩を許容できるような都市が、これから大切になってくると思います。

ワークショップ参加者

SCAPE 代表
塩浦 政也

2018年にSCAPE設立。空間と社会にイノベーションをもたらす「人間行動に着目したデザイン手法」が、幅広い業界から注目を集める。

KANDO 代表
田崎 佑季

「クリエイション」「サイエンス・テクノロジー」「ファイナンス・ビジネス」を三位一体にし、事業を開発する「Envision Design」を実践する。

TIMELESS LLC. 代表
永田 宙郷

アート・伝統工芸の分野から企業の新規事業開発まで、課題を解決するプランデザインと、デザインディレクション、グラフィックデザインを中心に活動する。

TETUSIN DESIGN 代表
先崎 哲進

「少し先の未来を作る」「思いを戦略的に伝える」「多様な働き方を考える」のコンセプトのもとに、企業や地域のブランディング、デザインに幅広く係わる。

山口産業 製造部
山口 信之

製造の責任者として、プロジェクトの生産管理を行っています。ラボでは、「こんな事を膜でできるかな」という事柄に取り組み、実現可能か検討・挑戦しています。

山口産業 設計部
山口 健太

ラボでは、従来の考えにとらわれず、自由な発想のもと様々な角度から膜構造の可能性を模索し、可能性にチャレンジ出来る場になれば嬉しく思います。

「現在の都市で失われたのが、
未知なる出会い“冒険”」永田

Session1

参加者の個人的な
視点から考える
都市の課題とは?

ファサード

建築物の、街路や広場などに面する正面、外観部分。欧州の石やレンガで作られた建築物では、都市の景観保護の観点が重要視されることも多い。フランス語に由来。

ウェル認証

建築物や空間が、人の健康に貢献するための評価制度。空気や水など、10のコンセプトをベースに117の評価項目、225のパートがある。書類と実地の審査を受け、50点以上がシルバー、60点以上がゴールド、80点以上がプラチナとなる。2014年米国でスタート。

SDGs

環境、経済、社会などの17のゴールと、「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」「つくる責任使う責任」「貧困をなくそう」などの169のターゲットからなる「持続可能な開発目標」。2015年9月国連サミットで採択された。自社の事業や社会貢献活動と関連付ける起業が増えている。

田崎:今回のワークショップでは、まず都市の課題を参加メンバーで共有して、最終的に膜建築での課題解決に落としていきたいです。課題がわかってきたら、膜建築を使ってどのように解決できそうかを、具体的に話していければ、新しいアイデアにたどり着けるかなと思っています。課題としては、みなさんどんなものがあると思いますか?

永田:個人的に気になっているのは、建築単体で見てもそうですが、複数の建築で見ると、ファサードの統一感がなくてぐちゃぐちゃになっていますよね。そこに膜を使って全体を覆うことができれば、見た目の統一感が出てくると思います。あと、僕が考えたのは、さっき塩浦さんが話していた散歩の話にも関係してきますが、現在の都市で失われたなと思っているのが「冒険」。IT技術によって、どこにどんなものがあるかを、常に提案されているような状態になっています。そして、日本全国、どこに行っても同じようなテナントが入っています。街を意図的に作ると同時に、未知なる出会いという意味で、冒険したいというのが個人的な課題としてはありますね。

巨大な膜で都市の空気をキレイに?

先崎:僕は、空気ですね。これまで、空気を意識したことはあまりなかったですが、自分の子供が外で遊べなくなるかもしれないという危機感があります。それは、中国から大気汚染物質が飛んできたり、太平洋上で火山が噴火したりなど、いろんなところから大気汚染がやってくる。こういった課題も、膜構造が解決してくれるといいんですが。

田崎:都市を包むような巨大な空気清浄機のフィルターみたいに膜を使えるといいですね。それは難しいとしても、風通しだったり、自然の温度差を使った冷却機能だったりといったことを膜で解決できれば、需要は多いと思っています。

先崎:WELL(ウェル)認証という海外の規格だと思うんですが、評価指数があるんですよね。空気や水、光みたいな、建築の快適さのような指標が。

塩浦:以前から、CASBEE(キャスビー)というのがあって、例えば、このビルはCASBEEのSとか、その建築がどれくらい省エネできているかを測る指標がありました。近年はWELL認証を取るという話がよく出ますね。これは、工場のISOみたいなものと近くて、簡単に言うと、ビルのポートフォリオです。これに適合していれば補助金が出やすいので、そのためにオフィスビルに水盤を貼るとか、オフィスビルの1階にフィットネスジムを入れたりして、ポイントを稼ぐケースもあります。

Photo by Morio - Skyscrapers of Shinjuku 2009 January.jpg / CC BY-SA 3.0
東京、新宿のビル群。都市を構成する建築物が秩序なく立ち並ぶ様子は、東京や日本を象徴する風景である一方で課題も多い。

「ミレニアル世代やZ世代のプライバシーは、
僕らと違いそう」塩浦

Session2

都市の老朽化を
ソフトの視点から
捉えてみる

ジャン・ヌーベル

ガラスを使った建築物で知られる、1945年生まれのフランスの建築家。パリにある「カルティエ現代美術財団」など、ガラス面を用いて建築物の存在が消えてしまうような効果を狙った「透明な建築」を多数手掛ける。日本国内では東京にある電通本社ビルのオフィス棟を設計。

ミレニアル世代、Z世代

1975〜1990年代前半生まれのデジタルネイティブな「ミレニアル世代」と、1996〜2010年生まれでスマホやSNSを使いこなす「Z世代」。従来の世代とは異なる、暮らしや仕事、人付き合いなどの価値観や行動様式を持つと言われる。

サードウェーブ

インスタントコーヒーで家庭に広まったファーストウェーブ、スターバックスコーヒーなどシアトル系のセカンドウェーブに次ぐ、コーヒー分野の第三の波。倉庫のような広い空間で焙煎を行うコーヒーショップが次々に登場。2015年、サードウェーブの発祥と言われるブルーボトルコーヒーが日本に上陸した。

田崎:ソフトの老朽化はどうでしょうか。近代都市が、効率を追求してきたために、都市の排泄物やゴミを地方に押し付けて先送りにしている。今もそうし続けているという話もありました。そのほかの課題はありますか?

塩浦:膜は、広大な空間をワンパッケージでラップできるので、雨に濡れない、エアコンディショニングされた空間を作ることができます。だから、災害時に体育館に避難して一時的に住むような環境を膜構造で作るという使い方がありそうですね。その際に、プライバシー、パブリックという課題もあります。もともと、建築の三大マテリアルとして、ガラス、スチール、コンクリートがありますが、ガラスは金持ちのマテリアルで、コンクリートは貧者のマテリアル。ジャン・ヌーベルが巨大なガラスを差し込むとか、ガラスは富の象徴でした。ガラスは、向こう側に対象物が見えているものの、両者がけっして出会うことができないという新しい孤独を作りました。メンブレンもまた、そういったガラス素材の一種で、ガラスや建材の歴史とは切っても切れない関係にあります。

塩浦:日本も昔は、武家屋敷と商人のエリアが分かれていて、都市の中で行ける場所、行けない場所がありました。そのデザインが絶妙で、居候がいて間男が出入りして、逆に言うと、路上で帳簿をめくる人はいなかったし、生業を家の外に出すこともありませんでした。でも、今だと、カフェで平気で仕事をしますよね。昭和から平成にかけてで言えば、渋谷のコギャルがセンター街に腰を下ろして、電車内で化粧するようなことも一般化してきました。これは、価値観の変容だと思いますが、プライバシーとして、なにを隔離するのかを見極める必要がありますね。特に、ミレニアル世代やZ世代の価値観、羞恥心は、僕らとは違いそうです。

新しい世代の感覚にも対応

田崎:ミレニアル世代は、プライバシーとかプライベートの意識が薄れているということですか?

塩浦:新しい世代は、僕らと違うプライベート感を持っているかもという仮説ですね。ウエアラブルなエアコンがあったり、空調を着たりできる現代では、壁を建てて建築を区切る必然性はなくなりつつあります。そうすると、人から見られたくないくらいしか、壁で隔てる理由がなくなってきますよね。

塩浦:もう一つ、空間の広さや天井の高さは、これまで空調によって決まっていました。竪穴式住居は、空気の煙突効果を狙ってあの形状で、それに十分になるよう天井を高くした作りです。今、超高層建築に慣れていますが階高は4.5mとか、4.8mあります。この高さはもともと、薪ストーブを使った際に、一酸化炭素中毒で人が死なない高さをキープするため。建築家にも、昔はおおらかでいいよなって言う人がいますが、昔は、一酸化炭素中毒で死なないぎりぎりの天井の高さとして決まっていました。

塩浦:それとはまた違う文脈で、最近、天井が高いカフェが多いですが、荒れ果てたブルックリンの工場に焙煎所を持ったコーヒー屋さんができたのは、焙煎する時にスチームが出るため。コーヒーおいしいじゃん。天井が高いほうが気持ちいいし、コーヒーを買ったついでに仕事していくというのがサードウェイブの始まりです。つまり、建築家のデザインではなく、アイデアが必然性から生まれているのが実態です。メンブレンの世界もまた、天井の高さを自由に変えられる。膜構造を使った、新しい都市構造ができると考えています。

左/1851年にロンドンのハイド・パークで開かれた第1回万国博覧会の会場として作られた「クリスタルパレス」。
右/鉄骨とガラスのカーテンウォールで作られた、ニューヨークにある「シーグラム・ビルディング」。

「膜と木を組み合わせることで
新しい使い方が生まれそう」山口

Session3

建築関連の
法律の老朽化を
考えてみる

セルジュ・フェラーリ

膜材料のメーカー。多様な製品とソリューションを世界中で提供。伸びが発生しにくい膜やリサイクル可能などの独自の技術を備え、建築、内装、産業、家具、マリンなどさまざまな分野で使用されている。本社はフランスにある。

消防法

「火災を予防し、警戒し及び鎮圧し、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、火災又は地震等の災害に因る被害を軽減し、もつて安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資すること」を目的とする法律。建物の満たすべき最低限の基準を定めた建築基準法と共に、建築物を計画する上で避けては通れない二大法規。

避難安全検証法

火災発生時、在館者が安全に避難するための性能を計算する検証方法。2000年の建築基準法の改正にあたり、新たに性能規定が追加。避難安全が確認できた場合は、一部の排煙口や防煙垂壁などの排煙設備が不要となり、工事費や管理費の削減が可能になることから、設計の自由度が高まるなどのメリットがある。

山口:住友林業の、高さ350m、地上70階の日本一の超高層木造ビルの計画を先日ニュースで見ましたが、膜と木をうまく融合できないかという話は興味深いですね。膜構造はこれまで、鉄で構造を作って、そこに膜を組み合わせて使うことが多かったです。しかし、膜と木をうまく組み合わせることで、新しい使い方が生まれそうな気がしています。

山口:住友林業の、高さ350m、地上70階の日本一の超高層木造ビルの計画を先日ニュースで見ましたが、膜と木をうまく融合できないかという話は興味深いですね。膜構造はこれまで、鉄で構造を作って、そこに膜を組み合わせて使うことが多かったです。しかし、膜と木をうまく組み合わせることで、新しい使い方が生まれそうな気がしています。

山口:可能性がある一方で、山口産業が使っているテント生地に、フランスのセルジュ・フェラーリ社のファブリックがあります。しかし、日本の防火基準が海外よりも厳しいため、どれでも使えるというわけではありません。膜と木の組み合わせにも、同様の難しさがつきまとうと思っています。

山口:可能性がある一方で、山口産業が使っているテント生地に、フランスのセルジュ・フェラーリ社のファブリックがあります。しかし、日本の防火基準が海外よりも厳しいため、どれでも使えるというわけではありません。膜と木の組み合わせにも、同様の難しさがつきまとうと思っています。

避難安全検証法で自由度が高まる?

山口:例えば、海外ではスタジアムの屋根にポリエステル繊維を樹脂コーティングで覆った素材を使ったりしていますが、日本だと東京ドームなどのスタジアムの屋根には、ガラス繊維とかテフロンといった難燃性が高い素材しか使えないことになっています。それによって、スタジアムの屋根が燃え抜けない、燃え広がらないのです。海外では、むしろ燃え抜けるような素材を使うことで、煙を排出させようという考え方。そのあたりの考え方も、国が違えば大きく異なっています。

塩浦:建築基準法のトピックスとしては、避難安全検証法がありますね。これは、これまで仕様規定だった耐火防火規定を制度規定にしたというもの。つまり、仕様規定であれば「ここには何mmの防火性能を持つ壁を打ちなさい」となっていたものが、「煙の降下時間までに避難できればいい」という避難安全性能を備えていればOKとなりました。このあたりを活用した面白い建築が海外ではできてきていますが、日本は規定の外し方が甘いので、あまり意味はありません。フィギュアスケートに例えるなら、「自由演技をしていいけど、ジャンプは必ず3回しろよ」と言われているようなもの。優秀なデザイナーがたくさんいるはずなのに、これによって広がる意匠の可能性を、法律が阻んじゃっているという側面があるように思います。

山口:最近ではETFEフィルムという全く新しい材料に注目しています。耐候性、機械強度に優れたフッ素樹脂であるETFEのフィルムですが、最大の特徴はその透明性です。軽量(440g/㎡)で安全に使用する事ができるうえ、透明性が極めて高い事からガラスに代わる可能性のある製品として注目されています。国際的にはアリアンツアレーナや北京の鳥の巣など採用実績は多数あったのですが、日本では建築基準法の兼ね合いで採用が極めて限られていました。ですが、近年関連告示が改正されたことで、今後は多くの公共的な建築物に採用される事が予想されています。山口産業でも既に構造、ディテール、製作施工方法を実際のモックアップを製作しながら検証しております。

Photo by Richard Bartz, Munich aka Makro Freak - Allianz arena daylight Richard Bartz.jpg / CC BY-SA 2.5

左/山口産業では、社内にプロジェクトチームを立ち上げ、ETFEフィルムの実物に近いサイズのモックアップを作成し、技術を検証している。
右/茨城県にある水戸市立陸上競技場。

「体積で不動産価値を捉えるエアボリューム
という考え方があってもいい」山口

Session4

空気の質も
体積も含めた
新しい価値観

エアボリューム

面積ではなく、建築物の空間ボリュームに対して、どれだけの空気が存在したり、一定時間にどれだけ流れたりするかという視点から捉えた空間の価値。新型コロナウイルスの登場によって、空間における換気性能への注目が高まった。

ウェアラブルデバイス

腕にはめるスマートウォッチやメガネ型のデバイスなど、身につけて持ち運ぶことができるデバイスの総称。持ち運びが簡単なことから、活動量計としての用途や、空調機能を備えた空調服のように、周囲の環境対応などの活用も期待されている。

指向性スピーカー

音を広く届けるのではなく、超音波を使うことで指向性を持たせ、音を特定の範囲に向けて届ける音響システム。国内外での導入事例や、指向性スピーカーを備えた音響機器も多数発売されている。

田崎:すでにアイデアはいくつも出ていると思いますが、これから、都市の課題に対して、アイデアをどうブレイクスルーさせられるかを議論してみたいです。三井不動産の平野さんに話してもらった、公園を膜で覆うという可変性を活用したアイデアは、すぐにでも実用化できると思います。都市が変わるスピードが速いし、平時と非常時といった状況の変化に柔軟に対応できる建築というものはニーズがありそうですね。

田崎:すでにアイデアはいくつも出ていると思いますが、これから、都市の課題に対して、アイデアをどうブレイクスルーさせられるかを議論してみたいです。三井不動産の平野さんに話してもらった、公園を膜で覆うという可変性を活用したアイデアは、すぐにでも実用化できると思います。都市が変わるスピードが速いし、平時と非常時といった状況の変化に柔軟に対応できる建築というものはニーズがありそうですね。

塩浦:膜を使った新しいアイデアは、無限に出てきますよね。永田さんが言っていたファサードもそうですね。ファサードが、どんどん統一感なくごちゃごちゃしていくのは何なんでしょうね。

塩浦:膜を使った新しいアイデアは、無限に出てきますよね。永田さんが言っていたファサードもそうですね。ファサードが、どんどん統一感なくごちゃごちゃしていくのは何なんでしょうね。

塩浦:権利や契約が大変ですが、膜構造によるファサードのリノベーションを山口産業が街並み全部お洒落に変えますみたいな取り組みはどうでしょうか。コストもそれほど掛からないし、環境性能も上がるのでランニングコストを抑えられます。それだけで地方創生というと言い過ぎですが、面白い事業になるんじゃないかな。

山口:面白いと思います。商店街に共通の色、形状の膜のファサードにするだけで、商店街全体の印象は格段に向上すると思います。膜は簡単に張り替える事もできるので、季節やイベントに応じて色を変える、なんてことも可能です。それが例えばSNSなどで拡散すれば、大型商業施設から商店街に人を呼び戻す事もできるかもしれません。そうなれば最高ですし、そういう膜の魅力を伝えていく事が大切だと思っています。

体積で価値を捉えるエアボリューム

塩浦:新型コロナウイルスの登場以後は、体積で不動産価値を捉えるエアボリュームという考え方があってもいいと思います。家を買うとき何平米で考えて、何立米とは言わないですよね。でも、30平米の広さでも天高が5mあったら150立米。40平米の広さがあっても天高が2mだったら80立米の空間となります。そこに、1時間あたりの換気回数が10回としたら、150×10で1500立米もの空気を享受できる空間ということになります。

永田:こないだ行った焼肉屋で、以前はうるさいだけに感じていた排気のファンが、新型コロナウイルスによって神の道具に見えてきましたね。立米数や空気の流れに加えて、日差しの入り方や居心地の良さという指標があってもいい。そういう空間に対して、膜は自由度が高い素材だと思います。

塩浦:膜があれば、究極は屋外でも空間が作れるわけですからね。空気を入れ替えるというか、そもそも外だという強みがあります。

山口:私もそこに可能性があると思っています。膜で作った屋根だけがあって、雨をしのげる空間が究極。着る空調服も広まってきましたし、空調も建物で考えない時代になってきました。膜は薄いので、防音や断熱は弱点といえば弱点ですが、そこを解消できるアイデアがあるといいと思います。

山口:私もそこに可能性があると思っています。膜で作った屋根だけがあって、雨をしのげる空間が究極。着る空調服も広まってきましたし、空調も建物で考えない時代になってきました。膜は薄いので、防音や断熱は弱点といえば弱点ですが、そこを解消できるアイデアがあるといいと思います。

モバイル性が高いことから、データなどを常時、リアルタイムで計測できるのもウェアラブルデバイスの特徴。

「パブリックからプライベートに
変えることができるという点で、膜に近い」山口

Session5

老朽化が進む
地方や観光地が
直面する課題

ヘリノックス

韓国のアルミテントポールメーカー、DAC社が立ち上げたファニチャーブランド。合金製ポール「TH72M」を使うことで誕生した、軽量で高強度、携帯性を兼ね備えた革新的な「コンフォートチェア」や「タクティカルチェア」が代表作。長時間使用できる快適性を併せ持つ。

屋根開閉式テント
間仕切りテント
シェード

塩浦:地方には、アーケード街があるじゃないですか。もう大半が老朽化してて、崩落する危険性もあるんだけど、壊すにもお金がかかる。そういったアーケード街のリノベーションみたいなものが、膜を使う一つのアイデアとしてあります。

塩浦:地方には、アーケード街があるじゃないですか。もう大半が老朽化してて、崩落する危険性もあるんだけど、壊すにもお金がかかる。そういったアーケード街のリノベーションみたいなものが、膜を使う一つのアイデアとしてあります。

山口:鎌倉に行くと、小町通りがあって、軒出しのテントがついてますよね。あれはおそらく、地元のテント屋さんが工事していると思いますが、色が全部ばらばらなんですよね。色だけでも統一すれば、観光地としての魅力が上がるのに。それだけでも、損をしてると思ったことがあります。

塩浦:そういうちょっとした統一感が馬鹿にできないというか、お洒落にしてどうなるという意見もありますが、それで人が来るんだったらやったほうがいいですよね。このエリアをカラーで統一するんだという取り組みだって、膜を使えば、何百億円も投資しなくてもささやかにできますよね。街並みや都市自体が、潜在的な可能性を秘めながら、可能性を生かしきれていない場所は多いと思います。

膜で覆ってアーケード街が復活

先崎:日本の建築には、例えば、障子みたいに閉めるとプライベートで、開ければパブリックという考え方があります。ヘリノックスってブランドの椅子がありますが、500gくらいでめちゃ軽いんですよね。それを、いつもクルマのトランクに積んであるので、外で組み立てて、座ってノートパソコンを開いて働くことができます。これひとつで、パブリックからプライベートに変えることができるという点で、膜に近いような気もしました。

山口:障子の話と関係するのですが、ヨーロッパの事例としては、ビルのファサードも、2階なら2階部分の上下に車輪受けのレールを付けて、ファサードパネルをスライドさせる技術があります。どういう意図でスライドさせているかは分からないのですが、意匠的には見た目が変わってきます。

永田:膜には、必要に応じて空間を伸縮させることができるという特徴もあります。建築の体積を増やすのは大変ですが、膜は自由に容量を変えられます。

山口:伸縮性は、ファブリックならではの特長ですよね。

永田:可能なら、建物から膜が伸びて公園を覆ってあげればいいですね。商店街のファサードが、伸びたり縮んだり。アーケード街は、老朽化のほかにも消防車が入れない、放水できないという課題もあります。アーケードに膜を使って開閉式になれば、そういった課題の解決にもつながります。

先崎:実際に自宅の屋根を膜で計画しました。膜越しに自然光を取り込み、明るい空間ができました。もし、可動式の構造で膜屋根を作れると、天気がいい日には屋根を開けることもできます。断熱の問題を解決できれば、屋根から解放された新しい住空間も夢じゃありません。

山口:断熱は膜の厚みと比例しますね。膜は基本0.6mm前後。もっと厚くすると、熱や音を遮断できますが、それは光の透過や軽量さともリンクしています。最近では、膜と膜の間に空気の層を作ることで、断熱性能を高める新技術もあります。

先崎:ペアガラスみたいな考え方ですね。膜を何層にもすれば、通常の壁と同じくらいの性能を持たせることも可能なんでしょうか。

山口:膜を2重にするだけでも、空気層を作って熱エネルギーをかなり緩和できると思います。でも、膜を重ねるほど透過率が下がるので、光の取り入れ効率が悪くなるというデメリットもあります。

Photo by Oilstreet (talk) - Osu Nagoya01.JPG / CC BY-SA 3.0
老朽化によって、屋根の改修や撤去が課題となる商店街。

蛇腹式にテントが伸縮する山口産業の可動式テント。

「膜が現代都市を
どうアップデートするかという話」田崎

Session6

災害や老朽化に
代謝する都市で
立ち向かう

ドーム型建築

ガラス、鉄、コンクリートに次ぐ第4の構造体として「発泡ポリスチレン」を活用したジャパンドームハウスの建築物。軽量のため揺れや衝撃にも強い。熊本県にある「阿蘇ファームランド」のドーム型宿泊施設は、2016年の熊本地震でも目立った被害はなく、地震後、約600人の避難場所となった。

災害用エアテント

空気を入れて約10分で完成する山口産業の仮設エアーテント「メンブリーシェルター」。コンパクトに保管でき、持ち運びも簡単。照明やケーブルの設置に用いる吊り下げパーツや、感染対策空気清浄ユニット、ツインダクトスポットクーラーといったオプションもある。

田崎:台風や大雨といった災害は、毎年どこで発生してもおかしくないので、被災地はどういう対応をすればいいのかと思っていたら、ドーム型の建築みたいなのを作ってるメーカーがあって、「これでええやん」って思ってしまいました。価格は100万円台。内装は吹き付けで、吹き付けると家としての構造や堅牢性が担保されるというものです。

山口:最近、送風機を使って膨らませることができる、災害用のエアテントを開発しました。これは、送風機さえあれば10分で災害用テントが完成するというもので、骨組み自体も空気で膨らんで、空気を入れ続けなくても12〜24時間くらいは構造を保持することができます。これが、PCR検査をする空間として使用されています。

圧倒的に軽くなった現代建築

田崎:ワークショップで出たキーワードには、「膜っていうよりもファブリック」や、「洋服以上都市未満」というものもありました。つまり、膜は建築とプロダクトの間を行ったり来たりできるし、それによって、新しいプロダクトのアイデアが生まれる可能性も大いにあります。ファブリックという単語は、山口産業的にはこれまで社内で出てきていたワードですか?

山口:社内だと、ファブリックという言葉で膜を表現したことはありませんが、もともと海外では、「ファブリックストラクチャー」や「ファブリックファサード」という表現が使われています。ファブリックという方が、海外では聞きますね。洋服以上都市未満は、キーワードとしていいですね。ファブリックなので、いろんなカラーがあって、ファッション的な感覚にも近いですね。

永田:以前、膜に関するヒアリングを実施したら、「皮膚」とか「生体的なイメージ」という意見もありましたね。

田崎:今回のメインテーマは、都市の変化を膜が解決できるかという可能性を探るものでした。ただ、都市の変化や都市の老朽化を解決するというよりも、膜が現代都市をどうアップデートするかという話でもあったように思います。

永田:新しい肌が生まれてくるような感覚ですね。木造建築は代謝がスマートだけど、鉄筋コンクリートは代謝しなくて、スクラップアンドビルド。作ると、壊すまで少しずつボロくなっていくというものでした。しかし、膜だと、ファッションのようにそのときどきの意匠性を楽しめて、表面的な代謝を活発化させることができる。都市の代謝を、膜が支えるという意味では、膜の可能性はやはり高いと思います。都市は、機能が定義付けられていて、ビルならビル、公園なら公園といった感じで、機能の代謝が起きない。そんな中で、公園に膜で屋根を付ければそこがワークスペースになったり、頻繁な代謝が起きうるというのが非常に魅力的かなと思います。

塩浦:また別の観点から当たり前のことを言うと、膜は圧倒的に軽いというのがメリット。建築学会でよく議論されるのが、古代から現代まで、建築物の質量を並べていくと圧倒的に軽くなっているというのがあります。安藤忠雄さんのコンクリートでさえ軽いし、伊東豊雄さんのシルバーハットも、石上純也さんの建築はもっと軽いと思います。軽量化の最先端に山口産業がいて、今日の話はポケットに都市を詰め込むという話になるかもしれません。

永田:チームラボは、「もう質量はかっこ悪い」と言っていて、物量とか質量とは違う感覚を出していますよね。

塩浦:昔の殿様は、でかい石を運ばせて、重いものを運ぶことが権力の象徴だったわけだけど、今はどれだけ軽くできるか。

先崎:質量を減らすという考え方がいいですね。

Photo by Kenta Mabuchi - Toyo Ito Museum of Architecture Silver Hut.jpg / CC BY-SA 2.0
自邸として建てられ、現在は愛媛県にある今治市伊東豊雄建築ミュージアムに再生されたシルバーハット。

スイス連邦工科大学ローザンヌ校のキャンパス内に建設された学習施設「ロレックス・ラーニング・センター」。
設計はSANAA(妹島和世 + 西沢立衛)。

MEMBRANE LAB.ワークショップまとめ

膜の6つの特性と都市の
課題を解決するアイデア

田崎:これから、今日の感想みたいなのをみなさんからいただいて、ワークショップを終えたいと思っています。それ以外にも、「これだけは話しておきたい」ということがあれば言ってください。

先崎:今回はアイデアがたくさん出て、課題解決よりも、膜の可能性を探るという内容が多かったですね。今日のアイデアをブラッシュアップしていくと、膜はもっと、おもしろくなりそうです。

山口:今回も、非常に素晴らしい場を作ってもらって、ありがとうございます。みなさんにご意見をいただいて、普段から自分が思っているような膜に対しての愛みたいなものを感じられて、幸せな気持ちになりました。

田崎:「#Love膜」みたいなのを作ってもいいですね。

内部に入る楽しさも膜の魅力

塩浦:今日の感想プラスアルファで言えば、膜が持つ空間性みたいなもの。それは、子供のころに布団をかぶって遊んだときみたいな、壁という概念もなかったような感覚を膜が持っています。同じく、小さい頃にシャボン玉に入ってみたいと思ってテンションが上がったような感覚とも似ていますね。内部に入る楽しさというのも、膜の魅力として挙げられると思います。

塩浦:突拍子もない話としては、東京ドームが野球やスポーツをやめて街にしたら、住みたい人が出てくるんじゃないかなとも思いました。そうなると、「俺の家はライトのレフトよりの場所にある」みたいに、家の場所を紹介することになりますね。膜とウェアラブルデバイスの組み合わせによって、空調やセキュリティ、衛生環境がコントロールされた、緩やかに区切られた小さなビレッジみたいなものも考えられます。

塩浦:最後に、これは問題提起でもありますが、膜は素材としてはガラスの仲間でありながら、山口産業は、建材としてのガラスの分野にいるわけではなくて、例えば三大マテリアルを横断的に行き来することができる。膜は、スチールとの組み合わせでも使えるし、木との組み合わせにも可能性があります。膜を、三大マテリアルに追加する4つ目のマテリアルと捉えるよりも、公園に膜を立てるといった行為や素材との組み合わせによって、建築を圧倒的に新しくするという視点のほうがおもしろい結果につながるんじゃないかと思います。その背景にあるのは、今の僕らの気分に、ハードとしてもソフトとしても、従来の都市がフィットしないってことなんですよね。PCR検査に使われた山口産業のテントもすごいと思いましたし、いろんなところに膜が実装されていくと、少しずつインパクトが出ると思いました。

膜の可能性を広げる発散の場

田崎:自分が学生時代に書いた論文のテーマは、プロダクトと建築の間。曖昧な領域にあって新しい価値をもたらす膜という存在は、長らく追い求めてきたテーマでもありました。今回のワークショップでは、具体的な課題解決くらいの精度にアイデアを詰めるという考えはありませんでしたが、思ったよりいろんなアイデアが飛び出したという印象です。前回のワークショップvol.1を「集約」とすると、今回は「発散」。いろんな可能性が提示されたので、この先、建築を膜で軽くするとか、現実的な可能性を検証するワークショップvol.3をやってみたいと思いました。

永田:もともと、2020年に出展を予定していた展示会が新型コロナウイルスの感染拡大でなくなった今、このタブロイドを作る意味を考えると、建築関係者やデベロッパー関係者らに、山口産業の膜というソリューションや可能性を共有して、街を考える時の選択肢として検討してもらうためのツールにできればと思っています。これまでの山口産業が得意としてきたのは、クライアントからオーダーを受けて課題解決することでした。しかし、その延長線上に、これまで培ってきた膜の技術を活用して、こんな社会課題の解決ができると伝えられるタブロイドにしたいですね。

山口:普段から抱えている膜への想いをこうしてカタチにしていく事ができるのは非常に嬉しいです。 今回のことで更に膜の魅力と可能性を認識できました。

Research
三井不動産 平野 嘉智さんに聞いた

「都市の老朽化」と現在の街づくり

都市が抱える老朽化やこれからの街づくり、膜構造の可能性とは何か。
公共建築のプロジェクトに携わる三井不動産の平野嘉智さんに聞いてみました。

普段の仕事について教えて下さい

平野:以前は信託銀行に勤めていましたが、街作りに携わりたいと思って、2006年に三井不動産に転職しました。三井不動産は商品本部制となっており、ソリューションパートナー本部、すまいとくらしの連携本部、ビルディング本部、商業施設本部、ホテル・リゾート本部、海外事業本部、ロジスティクス本部に分かれており、住宅事業は子会社の三井不動産レジデンシャルで行っています。

平野:私が所属する三井不動産のソリューションパートナー本部は、全社的な営業の窓口で、その中でも私は公共法人をメインに担当しています。公共でいうと、近年、1960年から70年ごろの、東京オリンピックあたりの高度成長期に建てられた建築物が劣化してきて、建て替えの時期を迎えています。

古くなった公共施設を建て替える際の選択肢は?

平野:3つあります。1つ目は、同じ用途を同じ規模で建て替える。2つ目は、配棟等を工夫して生み出された余剰地を民間企業に貸し付け、公共施設を建て替える。例えば渋谷区の庁舎と公会堂の建替えがこれにあたり、借地部分には民間定借分譲マンションが建てられました。3つ目は、建物を取り壊して、土地を他の用途に使うというものです。かつての日本経済は右肩上がりで、日本各地に公共サービスを目的とした建築物ができました。人口が増加の一途をたどっていた当時は、50年後のことを考えて、そこからバックキャストで考えるようなことはしていないはずです。

三井不動産
ソリューションパートナー本部

平野 嘉智

慶応義塾大学商学部卒業。1996年に中央信託銀行(現三井住友信託銀行)入社。2006年に三井不動産入社後、三井不動産投資顧問出向。2012年からオフィスビルの決算・経理・総務に従事。2015年から一般社団法人不動産証券化協会に出向。PRE・インフラの調査研究に従事。2018年より現職。

駅前の広場に作るパブリックな庭

最近担当しているプロジェクトは?

平野:昨年度携わったプロジェクトに、千葉県のある駅前市有地を活用し、大規模な広場空間をはじめとした、賑わいの創出や回遊性の向上に資する機能導入を企図した入札がありました。塩浦さんに協力していただき「まちの庭」というコンセプトを立てました。

平野:庭というものは本来プライベートな空間ですが、住む人や働く人、訪れるすべての人が自分の庭と感じられるようにしようという考えから、駅前に芝生広場を作ります。

今後の街づくりに必要なものは?

平野:これまで、地方自治体は企業誘致に熱心でした。しかし、日本にあった工場が海外に移転した今、改めて街づくりを考えると、「シビックプライド」という、住む人にとっての誇りを大事にする時代になってきました。以前、川崎フロンターレの社員の方から聞いた話では「川崎フロンターレが好きだから川崎に引っ越してくる方もいらっしゃるそうです」また、スポーツやアート、音楽といった文化を通じてシビックプライドを育む仕掛けや場作りを公共がやるのもいいですね。

バスや電車で来る人が見込める

「まちの庭」とは?

平野:例えば、その地域にはプロバスケットボールの強豪チームがあります。にぎわい創出や回遊性向上を通じて、地元の方々といかに連携していけるかも重要ですね。このエリアには弊社が運営する大型商業施設があることもあり、渋滞がどうしても多くなってしまっています。そのような場所ですから、物販の比率が高く、広域から車での来場を促すことは考えませんでした。

平野:この大型商業施設は、年間2000万人以上の集客があり、その6割がクルマで3割が公共交通、残りの1割が徒歩でやってきます。公共交通の利用客を増やすことで、渋滞解消につながると考えて、物販のテナントの割合を減らし、逆に飲食のテナントを増やす。すると、飲食店でテイクアウトして、芝生で食事してお酒を飲んでもらえるようになる。飲酒するとクルマで来るわけにはいかないので、バスや電車で来る人の増加が見込めます。芝生を整備したら終わりではなく、その芝生を活用できるコンテンツを考えているところです。友達を連れてきた時に、ここが自分たちの街と誇りを持てるような、住む人、働く人、訪れる人それぞれにとっても、誇りに思える場所にするためにたてたコンセプトが「まちの庭」です。

膜を使った建築物の事例をご存知ですか?

平野:イギリス発祥のスポーツで、芝生の上のカーリングとも呼ばれるローンボウルズという球技があります。老若男女が楽しめるスポーツです。ローンボウルズはイギリスとイギリスの植民地だったニュージーランド、オーストラリアでも盛んです。オーストラリアのクイーンズランド州で、ローンボウルズのコートに膜が使われているのを見たことがあります。

膜の使い方のアイデアはありますか?

平野:新型コロナウイルスがきっかけで、公共施設における、平時と有事の使い分けがより重視されると思います。例えば、被災地では、避難場所に体育館などが使われます。

平野:しかし、真冬、真夏でなければ、公園に膜を張ってそれをシェルターのように使うという考え方もできますね。大きなテントがみんなのシェルターになって、防災公園の機能を果たせるような使い方が考えられます。膜は、伸び縮みできる可変性がいいところです。膜構造によって建築物に可変性を持たせることができれば、建築の可能性が広がるかもしれません。

公園と建物がボーダレスに存在する膜構造

古いビルのファサードに膜を使うと、エネルギー効率が高くなるとか、プライバシーが守れるとか、そういう使い方はありそうですか?

平野:あると思います。膜のいいところは、壁のように立ててプライバシーを守りながら、光は通すところ。公園と建物が分断されるんじゃなくて、ボーダレスに存在させてくれるのが膜構造。コンクリートとのいいところどりができる素材だと思います。

膜が公共の建築物などに使われない理由は?

平野:公共の優先順位の一番は安全安心。もしも膜が強風で飛ばされて誰かを怪我させてはいけないからです。膜構造の持つ柔軟さ、快適さと安全性というものは決して二律背反ではないと思いますので、それを乗り越えた先に新しい価値があるのではないでしょうか?

気候に応じて屋根をかけるような使い方も

膜をどんな用途に使ってみたいですか?

平野:働き方が変わる中で、モンゴルのテントみたいな使い方もできそうですよね。公園に芝生が一面に広がっているのはとても気持ちがよいと思います。でも、秋や春はそれでいいですが、今年の夏のように酷暑の時期には日陰が必要です。膜構造には可変性があるので、コストをそれほどかけることなく、気候に応じて屋根をかけるような使い方ができると思います。

平野:太陽が出れば、ビートルズの「ヒア・カムズ・ザ・サン」じゃないですが、膜を畳んで陽の光をダイレクトに受け止める。今日はどこにいって仕事をしようかなと考えながら歩き、気に入った場所を見つけ、公園の中でノートPCを開けて仕事をするのは心地よさそうです。